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2024/10/04 09:00

約1000年前から一度も途切れずやきものの生産を続けてきた世界的にも稀有な産地。
日本で陶器一般を指す「せともの」という言葉は、長い歴史のなかで、やきものづくりを牽引してきた瀬戸焼からきています。
丘陵地帯には瀬戸層群と呼ばれる地層があり、やきものの原料となる良質の木節粘土・蛙目粘土や、ガラスの原料となる珪砂を採取することができました。
山間地帯には、松などの樹林が広がっており、瀬戸の恵まれた自然が窯業発展の大きな支えとなってきたのです。
瀬戸焼の起源は、現在の名古屋市・東山丘陵周辺で、須恵器の生産を行っていた猿投窯。
12世紀終わりには古瀬戸の生産がはじまり、当時国内唯一の施釉陶器生産地として、四耳壺、瓶子、水注がつくられました。
19世紀に入ると磁器の生産もはじまり、アメリカへの輸出や万国博覧会への出品など、海外との交流が盛んに。
また、それによって染付けの顔料となる酸化コバルトや石膏型による成形法など西洋の技術が取り入れられました。
現在も時代の変化とともに移り変わっていく生活様式に対応して、食器やノベルティ、陶歯、自動車の部品など、多種多様な製品を生み出し続けています。